あまり嬉しくない時間的ロングテール

ロングテールについての理屈を少し考えてみる。通常ロングテール・ディストリビューションというときは,ある一定期間の製品別売上を売上順に降順ソートして書く。棚や倉庫の制限が無くなったことによるロングテールだ。これを空間的ロングテールということにしよう。

このようなのびたテール部分,ちょびちょび売れている製品の部分には①ロングテール以前から存在するようなテール(売上が伸びなかったもの),②技術進歩によって参入障壁が下がったことによって出てきた新規参入者(例えば,音楽であればアマチュアや同人音楽からプロに一歩踏み出したようなアーティスト),③シェルフコストが下がったことによって売れるようになったかつてのヒット製品(かつてはディストリビューションのヘッド部分にあった)ぐらいに分けられる。

③について考えてみる。これまでシェルフは空間的に限られていただけでなく,時間的にも限られていた。ずっと広告をし続けるわけにはいかないので,発売後の限られた期間に広告を投下し,売上ランキングに登場し,売り抜けるのがひとつの望ましい売り方として了解されていた。ところがロングテールになり,流通小売りの問題がなくなるのであれば,古い製品であっても,発見し指名買いさえしてもらえれば売ること自体にはそれほど苦労はなくなる。これを時間的ロングテールとしよう。ある特定の製品について,一定期間ごとの売上の棒グラフを描いた状態を想像してほしい。宣伝の仕方やクチコミ,発売前のプロモーションに関する業界慣行などいろいろあるが,概ね発売当初の売上が多く,時間が経つにつれて売上が下がるとしよう。このテールがのび,発売後しばらくたってもぽつぽつと売れるようになる,これが時間的ロングテールだ。

このような時間的ロングテールがマーケット全体に与える影響は,空間的ロングテールの時に想定されたほど楽観的ではないような気がしている。消費者の購買行動を何パターンか考えてみる。

通常我々は早く製品を得られることに価値を感じる。そのため,早く買ってくれるwtpが高い顧客に対しては高めに売ることで,価格差別をすることができれば,より高水準の利益を達成することができる。そのため,コンテンツ業界では時間が経つごとに価格を下げる施策をとる場合が多い。特に日本の場合は音楽CDや映画のDVD・BDをレンタルすることができ,そのレンタル価格も新作準新作旧作とどんどん下がるので,一定期間を経ると価格がぐっとさがる。

早期に買う顧客のうち,ほんとうに時間割引率がすごくて,今日聴けることで得られる効用が明日に延ばされるのが我慢ならないという場合は,ロングテールだろうがなんだろうが発売当初に買うので行動は変わらない。

時間割引率が大したことない場合,早期に買う理由はあるか。今買わないと入手できなくなるかもしれないので買うという購買行動はありうる。音楽の場合は限定版等で煽ってやっとなので,それほど深刻ではないが,学術書などは重版されないことが多く,欲しいと思ったら入手しておかないといけない。入手できないリスクに対するプレミアムを支払っているといえよう。こういう購買行動は,ロングテールで流通が発達すると入手できないリスクが減少するだろう。

購買行動自体よりも購買の前段階の行動変化が大きいかもしれない。一期一会の出会いを買い損ねてしまうかもしれないと思うと,新作情報をチェックしつづける必要がある。しかし,いつでも入手できるのであれば,時間割引率は大したことないのだから,2,3年ぐらいに一度お気に入りのアーティストや作者を検索して,新作が出ているかどうかをチェックするだけでよい。このように新作が時間をおいて,旬がすぎてから消費することになれてしまうと,積極的に未経験の作品を探索することをやめてしまう。時間による淘汰に任せて評価がはっきりしてきてから本当に良い物を,発売当初コンテクストからやや離れて,非同期的に楽しむような消費スタイルがあるかもしれない。

最後に,今は価値があるので買うかもしれないけれども,少し時間をおくと価値が無くなるので買わなくなるという購買行動パターン,要は流行っているからとか,話題に乗り遅れないために買うという場合で,流行が過ぎれば購買理由もなくなるというケースだ。この場合は消費者の属しているネットワークの強さとか,マス広告の強さとか,それらの結果として生じる,初期の売上や評判の大きさによって購買するかどうかが変わる。

音楽CDの場合,テレビのタイアップ等の効果が弱くなってきているぐらいのことは自明だが,ネットワーク自体の変容はなかなか難しい。これだけソーシャル・メディア全盛の世の中なのだから消費者同士のつながりを経由した購買行動は増える,と言えなくもない。ただ,中学校や高校のクラスのような顔を突き合わせた集団内での強制力に比べれば,微々たる物だと言うこともできる。mixiに疲れ,lineに疲れ,FBに疲れ,twitterのアカウントをたまに消して作り直したり,何をもって”繋がっている”とするのか,その合意ラインをみんなでちょっとずつ線引きしなおして下方修正をしながら,我々はより独りを愛し,個人の自由な取捨選択による購買を重視するようになっている・・・などとご託を並べてみるとまあそうかなという気もしてくる。ここまで大げさなことを言わなくても誰かと話をするために買おうという購買行動と,誰かが言ってて,自分でも良さそうだと思ったから買って,買ってからも一言言及する程度で,あるいはまったく言及しないで自分個人で楽しもうという購買行動は,同じ消費者ネットワーク経由の購買だと括るにはやや乱暴な気がしている。

時間的ロングテールを考えてみると,所詮今はショートテール時代のミリオンセラー時代に確立した知名度という遺産をベスト盤を出したりして食いつぶしているともいえる。これはロングテールといってもかつてのヘッド部分で,これは全然売り方を新しくしないでも既存のやり方で売れる。20年後に00’sを回顧的に楽しむ,そういう時間的にも空間的にもロングテールが定着した時までに,キュレーションのシステムがどのくらい発達しているかが問題になるだろう。

時間的ロングテールが定着するほど,特に2番目に指摘したような非同期的な楽しみ方がある程度増えると思うので,これはプライシングの仕方を変えるなり,消費者へのアプローチの仕方を変えるなりした方が良いと思うのだが,レンタルが制度化されてしまっていてそこのコントロールができないのは大きな問題なのだろう。特にネットレンタルみたいにレンタル市場も棚の制約がなくなって,どんどん便利になるので難しい。

だらだら書いてしまった。時間割引率とネットワークの2軸で整理した後に相互の影響を考えるようにすればもう少し構造化されると思うけど,書き直すのが面倒なのでこのままで。