経営戦略論の本格派テキスト・教科書5選

マーケティングのブックガイドを作るのに比べれば自分の専門に近い戦略論の教科書レビューなんて簡単だろうと思ったのだけど,いざ選んでみると難しい。でもちょっと検索してみたら,ネット上にはろくなブックガイドがなかったので(2019年5月現在),まあいいやと思ってとりあえずアップすることにする。

マーケティングのブックガイドが1冊目の入門書を選ぶという趣旨だったのに対して,こちらは本気で学ぶための5冊という構成になっている点だけ留意されたい。アカデミックな教科書中心なので,そこら辺のビジネス本よりはずっと読解力を必要とする。あまり普段本を読まないというぐらいの人の場合には最初に紹介している沼上(2008)だけを丁寧に読むことを奨める。

入門2冊

沼上幹(2008)『わかりやすいマーケティング戦略 新版 (有斐閣アルマ) 』有斐閣。

この本が出た当初(初版,2000年)の売りは,4つのPから始まってセグメンテーション,ライフサイクル,市場地位別の戦略,業界構造分析・・・と通常の逆順で配置することで,企業目線で考えたことのない学生にも自然と導入できる作りになっていること。なので経営学に慣れていない1,2年生向けの作りになっている。

大分古くなったが,今なお全年齢対象で特筆すべきなのは業界構造分析の教え方のところで,原著のマイケル・ポーター『競争の戦略』を1冊読むつらさに比べると大分軽減され,なおかつ実用レベルの説明になっていることだと思う。類書(入門レベルの経営戦略の本)はだいたい使い物にならないぐらいに簡略化してしまっているので。

最後のドメインの章の意味が学生の時の僕にはよくわからなかったが,このあたりは大きい構想の実例をいくつか読んでみないと難しいのかもしれない。

加瀬公夫 監訳(2019)『グラント現代戦略分析 <第2版>』中央経済社。

R.M. GrantのContemporary Strategy Analysisの邦訳。グローバルスタンダードなテキストで,最近改訳されたのでちょうどいいので紹介しておく(原著は8版ぐらいまででているようだが,邦訳第2版が何版の邦訳なのか入手できていないので不明)。僕が読んだのは6版だったが,相当に平易な英語で,まあ悪く言えばやや退屈ではあるかもしれないけれど,網羅的なテキストがあるというのはそれだけで偉大なことだ。これから入って,適宜関心のあるところの文献を読むという使い方をすると良いと思う。

本格派3冊

網倉久永・新宅純二郎(2011)『マネジメント・テキスト 経営戦略入門』日本経済新聞出版社。

多様な分析手法が載っているところに価値があるテキスト。なので,読むだけでなく,実際に手を動かして経験曲線などをかいてみることに意味がある。読み終わって気に入ったらついでに同じ著者の新宅純二郎(1994)『日本企業の競争戦略―成熟産業の技術転換と企業行動』有斐閣,も名著なので読んでおくと良いと思う。教科書の生みだされた経緯をリバース・エンジニアリングできて良い。

大学教員が授業用テキストを選ぶなら,とりあえずの候補はこれだと思う。

伊丹敬之(2012)『経営戦略の論理 〈第4版〉―ダイナミック適合と不均衡ダイナミズム』

成長戦略の優れたテキストとであるとともに,歴史に名前が残っている一冊(特に第2版1984とその英訳1987が多くの経営学者に影響を与えた)なので,紹介しないわけにはいかないだろう。経営学者にとっては避けて通れない本ではあるが,普通の学生や企業勤めの人が読んでどこまで理解できるのかはよくわからない。僕自身10回ぐらいは読んでいると思うが,それでもまだ,うーん。明瞭にして難解。どこが難解?といわれるとそれはそれで困ってしまう。

だが,ブックガイドに載せる理由は明確。網倉・新宅(2011)で分析系についてはほぼOKなのだが,戦略立案というのは分析ができるだけでは半分なのだということを伊丹本は教えてくれる。この点に尽きる。未だあらざる姿を描き,そこに至る道筋を描く,そこに人間味のある論理を通す。構想の大きさと,人間味としかいいようのない魅力,伊丹敬之をブックリストから外すことができない。

村井章子訳(2012)『良い戦略、悪い戦略』日本経済新聞出版社。

R. P. Rumelt(2011), Good Strategy, Bad Strategy, Random Houseの邦訳。べからず集である悪い戦略の前半も,良い戦略の例示をする後半も,そうそうこういう本が欲しかったんだよね,という良い副読本。伊丹(2012)のわかりづらさを補完する意味でも必読。

その先へ

このくらいまでこなせば,あとは何を読んでも楽しめると思うのだが,沼上幹(2009)『経営戦略の思考法』の第1部は経営戦略の学説史を辿る読み物としても一流だし,ブックガイドとして活用しても良いと思う。

そしてなるべく多くのケースにあたるということ。いわゆるケースブックに行くもよし,経営者が自ら書いた本を読むも良し,経営者の評伝にあたるもよし。

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