社会科学(特に経営学)の研究方法論・研究手法のテキスト

社会科学の研究方法や研究手法についての総論系テキストを紹介する。この10年ぐらいで大分日本語の本が増えてきたように思うので,割と攻略しやすくなっているのではないだろうか。

学年別の目標設定とお薦めテキスト

  • 学部1~3年生 レポートの作法に慣れる
    • 戸田山和久(2012)『新版 論文の教室』NHKブックス。
      • レポートの書き方に関する本は無数にあるが,とりあえずこれを読んでおけば良いと思う。
    • 本多勝一(2015)『新版 日本語の作文技術』朝日文庫。
    • 木下是雄(1981)『理科系の作文技術』中公新書。
      • 日本語の書き方に関する諸注意。体に覚え込ませること。
  • 学部4年生 因果関係の基礎に慣れておく
    • 久米郁男(2013)『原因を推論する』有斐閣。
      • 政治学の教科書なので,引用されている文献がわからない部分もあるかもしれないが,おすすめ。
    • 田村正紀(2006)『リサーチ・デザイン―経営知識創造の基本技術』白桃書房。
      • テーマ選択に関する第1章や変数理解についての第3章などは学部生でも理解しておくと良いはず。

  • 修士1年生 コースワークで読んだ文献の研究手法をその都度勉強する,わからなければ調べる
    • 上述の田村(2006)はそのまま重宝するだろう。
    • コースワークで読む論文の中には,最先端の手法が使われているものもあったりするので,テキストを探すのが難しい場合もあるかも。とりあえず修士の間は,論文へのコメントができる程度に何をやっているのかがわかればよい。
  • 修士2年生 修士論文で研究の一通りの流れを把握する。とにかく指導教員のガイドに従って,一つの型をやってみて覚える。
    • あまり広く探索せず,修論執筆に必要な手法をなるべく特定的に勉強する。
  • 博士1年生 このタイミングでようやく手法のバリエーションを整理して見取り図を持つために研究方法論・研究手法のテキストが役に立つ。
    • Singleton Jr., R. A. and B. C. Straits, Approaches to Social
      Research
      , Oxford University Press.

      • 院生時代に読んで,網羅的で良かった。
    • 野村康(2017)『社会科学の考え方』名古屋大学出版会。
    • 須田敏子(2019)『マネジメント研究への招待』中央経済社。
      • この2冊はどちらも哲学的な方法論に立ち戻って研究手法を分類しており,それらを一冊にコンパクトにまとめ,日本語で読める。最近は便利な本が出て良いですね。須田(2019)の2類型はやや単純化しすぎでかえって難しいのではないかと思われるので,僕は野村(2017)の方が好み。ただし須田(2019)は経営学の文献で具体例を出してくれているので結局両方読むことになるだろう。文献も充実しているので,これら2冊を副読本にしながら関心を持った分野の原著にあたると良いと思う。
    • 藤本隆宏他(2005)『リサーチ・マインド 経営学研究法』有斐閣。
      • 著者達の研究書を読み,このテキストでリバース・エンジニアリングを試みると良いと思う。
    • その他,あまりテキストで記述を見かけたことがないのだが,研究手法ごとに,研究遂行プロセスのどのタイミングが一番リスクが高い(研究が失敗に終わる危険がある)のかが異なることを理解しておくと良いと思う。サーベイは配る前にどこまで詰められるかの一発勝負なので真ん中にリスクの山があり,分析結果が出た後の執筆は比較的楽だ。逆に,シングルケースの事例研究は初校を書き終えるまで本当に書けるかどうかわからないので,研究のかなり後半にリスクの山が来る。
  • 博士2年生 リサーチ・デザインの評価に目が肥えてくると,理想的なリサーチ・デザインなんて今の自分には無理じゃん…能力的にだったり資金的にだったりリサーチサイトへのアクセスがなかったり…と研究が停滞する場合もあるのがこの辺りの悩ましさである。
    • 佐藤郁哉(2015)『社会調査の考え方』,東京大学出版
      • 学部生から大学院生まで幅広い読者を対象にした本なのだが,この辺りで本領を発揮する。得てして研究方法のテキストが「理想的なリサーチデザインで研究を最大限正当化しましょう」になりがちなのに対して,本書は研究目的に照らし合わせて十分なデータという現実感を上手く書いている。


  • 博士3年生・4年生 博士論文で,研究方法のセクションを(見よう見まねではなく)自分なりに納得の行く作文ができるようになれば,ひとまずOK。
  • ポスドク以降 使える研究手法を増やしていったり,他の研究者との共同研究の組み方を考え,自分の得意技を確立させていく。

その他の本

どのタイミングで読めば良いのか悩ましいものとして,伊丹敬之(2001)『創造的論文の書き方』有斐閣がある。いろいろと後発のテキストが揃った現在としては,少し読んでみて趣味が合うか合わないかで判断すればよいと思うが,良い研究テーマとは何なのか,どうやって良いテーマにたどり着くのか,その辺りの答えのでない問題に正面から向き合っている本である。

その他,読んでいないので中身が良いのかわからないが,川崎剛(2010)『社会科学系のための「優秀論文」作成術』,ポール・J・シルヴィア(2016)『できる研究者の論文作成メソッド』,といった論文の型や執筆ハウツーのテキストも最近はいろいろと揃っている。

雑感

田村(2006)→佐藤(2015)(逆順でもよい)ぐらいまでは万人向けにおすすめできるが,その後は読むべき本が分かれる。社会構成主義・主観主義的な議論に関心があれば野村(2017),須田(2019)からの哲学的方法論へと遡って,方法論の正当化を理論武装していくとよいだろう。実証系の人たちとのコミュニケーションをとれるようにしつつ,自分の手法が実証系とはどこでどう異なるのかを説明できる能力が要求されるのがこの分野の特徴である。

逆に実証主義系に関心があるなら,方法論的正当化はそれほど必要ない。実証系で分析手法が適切でない場合一発アウトになってしまうので,哲学的な議論に詳しくなるよりも先に定量的な分析手法をより高めていく方が優先順位は高いだろう(僕は詳しくないので文献案内はできないが・・・)。

野村(2017),須田(2019)に難点があるとすれば,哲学的な立ち戻りは良いのだが,今度はテーマ選択に関する悩みが抜けてしまっていて,自分の研究手法がある程度固まりつつある段階でないと,わざわざ存在論や認識論の議論に進む意義がわかりづらいところだろう。研究テーマ選択については田村(2006)や伊丹(2001)の議論に優位性がある。

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