退学者の大幅減少から読み取るべきこと

(このサイト、全然動かせてないのであちこち古くなっていて、更新するの抵抗を感じていたのですが、速報性が大事だと思うので勇気をだして書きたいと思います。)

文科省が2020年10月までの退学者・休学者の動向について調査結果を発表した、と12月18日に朝日新聞が報じています(12月19日朝現在、文科省のウェブサイトのどこに調査結果があるのかは確認できませんでした。)ご教示いただきましたので、末尾に追記します。

コロナ禍で休退学5千人超 大学生・院生、文科省が調査
伊藤和行 2020年12月18日 20時45分

4~10月に新型コロナの感染拡大の影響を受けて中退した学生・大学院生は1033人、休学は4205人に上った。このうち、学部1年生はそれぞれ378人(約37%)、759人(約18%)だった。一方、全体の中退者は2万5008人、休学は6万3460人で、昨年の同時期と比べると、ともに6833人、6865人減っていた。

記事見出しの印象操作がひどいのではというところはさておき、なぜ退学者が減少したのかということに関する推論をまとめておきましょう。

  1. 文科省や各大学の政策的なサポートの結果
  2. 対人関係ストレスの低下等、オンライン化による影響
  3. 大学以外の選択肢がなくなったから

おそらく大学関係者としては1番であってほしいと思っている人が多くなろうことが予想されます。もちろん、予算化から学生への電話がけに至るまでの関係各位の努力は大いにねぎらわれるべきところではありますが、実態としてどうかということを考えたときに、手当てした予算の規模に比して影響が大きすぎないだろうかという疑念も私はもっています。

学生に聞いてみたところ、回答としては2番が多いかなという印象を受けました。たまたま先週の木曜日(12/10)に、授業の設題として「大学のサービスが低下したにもかかわらず、退学者や休学者が減っているとしたら何故か、その理由を推論しなさい。」という問題を出題していたのです。退学者が減りそうだということは、各大学でインフォーマルに報告があがってきていたので、調査報道がでる前に出題し、回答も土曜日(12/12)に締め切っていますので、朝日新聞の報道よりも前となります。1年生250名ぐらい、2-4年生300名の2クラスでほぼ同様の出題をして、一番多かったのが、「通学する必要がなくなったから」「授業がオンラインになったから」というものでした。

オンラインによって横の対人関係が希薄になる。それは1年生にとって友達ができないといった深刻な問題を生じさせた一方で、我々が結局のところ深刻なストレスを感じるのもまた、対人関係であることが多いのだ、これは比較的理解できる説明です。ストレスの原因が減ったことによる退学・休学者の減少、これは十分にありうることかと思いますし、コロナが去った後も、通学しない選択肢を上手く設計できれば、多様な困難を抱えている学生への対応が期待できます。

さて、上記の出題は、経営戦略論という授業で行われました。経営学の細分類の中で、マーケティング論というのがざっくりいえば消費者にどうやって価値を届けるのかを考える学問であるのに対して、戦略論は、消費者に価値をとどけるプロセスの中でも、競合企業への対応を特に検討する学問です。

いくつかの学派があるのですが、ポジショニングアプローチという考え方では①顧客に必要とされることと、②顧客にとって替えが効かない選択肢であることの両方を満たす必要があると言われています。必要とされないのも論外ですが、いくらでも他に提供してくれる企業が他にあるなら、価格競争になってしまい、大きく利益を獲得することは難しくなります。

また、ゲーム理論ベースの戦略論では企業の付加価値は、自社が仮にいなくなったときに市場から失われる価値を考えようと言っています。どれだけ頑張って価値を付加したかではなく、その追加分のうち替えが効かない部分で評価されるのだ、この点でポジショニング系の戦略論もゲーム理論系の戦略論も考え方は一致しています。どちらも経済学を元にした思考法です。

大学は何と競合しているのか。たとえば休学する人達は、私費留学するのかもしれません(これが一番多いのでは?)。あるいは世界一周して自分探しをするなんていう牧歌的な選択肢も、僕が学生のころにはありました。こういった代替的な選択肢がいま、失われています。

退学する人達についても同じで、退学してもやっていけるという見込みのある人達が中にはいたわけです。5年生をやっているけれども、バイト先でそのまま雇ってもらえたので、大学を卒業する必要がなくなったのでやめますとか。退学してもその学生がやっていけるのであれば、大学としては収入は減ってしまいますが、社会的にはそれほど大きな問題ではないわけです。

退学者も休学者も大幅に減少している。これは大学がますます替えのきかない存在になっている可能性がある。戦略論的にはグッドニュースなのですが、ここは社会的役割や社会的責務を考えるべきでしょう(替えが効かないからと言って、大学が便乗で値上げできるわけでもありませんので)。

好景気の時の大学は、せいぜいが若者の居場所であって、そこから出て行くことも自由だった。不景気になると、細かいサービスの満足不満足について考えるというよりも、他に選択肢がないから大学というシェルターに居ざるを得ない、ベースとしての危機や不安が増している状況だと僕は推論します。

先の二つが比較的楽観論であったのに対し、これは悲観的な見通しなので、心配しておいて、違っていたらそれはそれでよかったといえることではあります。普段退学率は下がるとよい指標だと思って見ているだけに、果たして何を意味しているのかの解釈は慎重に行うべきだろうと考えています。

(追記)12/19 11:09
文科省の発表資料をおしえていただきました。
「新型コロナウイルス感染症に係る影響を受けた学生等に対する追加を含む経済的な支援及び学びの継続への取組に関する留意点について(依頼)」

構成比だけだったので、実数を逆算してみました。

あまりはっきりした差ではないですが、就職・起業等が顕著に減っていることがわかります。

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