研究者のオウンド・メディアは有効な広報手段か

研究者は自分の研究の広報も自分でやらなければいけません。もちろん大学の広報部門が担ってくれる部分もあるのですが,研究者と大学の利害は常に一致しているわけではない(研究者は移籍したりする)ので,自身の広報やブランディングは基本的には自分で面倒を見る必要があります。

広報の手法の1つにオウンド・メディアを設立し運営するという方法があります。今回は,研究者という専門知識を有する一種の個人事業主にとってオウンド・メディアが有効な広報手段なのかどうか考えたいと思います。

オウンド・メディアとは?

媒体(メディア)の分類の仕方のひとつに,トリプル・メディアという言い方があります。メディアを以下のように3つに分類したときの1つがオウンド・メディアです。

  • オウンド・メディア(owned media):企業や個人などの発信者が所有するメディア。ウェブサイトやパンフレットなど。
  • ペイド・メディア(paid media):対価を支払って掲載してもらうメディア。広告など。
  • アーンド・メディア(earned media):評判を獲得するメディア。口コミやSNSなど。

オウンド・メディアの特徴は,ペイド・メディアほどお金がかからず,アーンド・メディアよりは掲載内容のコントロールができるところにあります。また,広告やSNSが一過性のメディアであるのに対して,コンテンツが貯まっていくと資産的価値が高まるのもメリットです。デメリットとしては,メディアを1から育てるのには時間がかかること,最終的な成果までの因果が長くなるので,本当に効果が上がっているのか計測が難しいところなどが挙げられます。

類似の概念に,コンテンツ・マーケティングという表現もあります。簡単にいうと,コンテンツ・マーケティングとは,自社の宣伝ばかりするのではなくて,消費者にとって役に立つ,あるいは楽しめるコンテンツを提供することで,自社の認知度向上やブランディング,見込み客の増加などに繋げようとするマーケティング手法です。

研究者の場合,twitterやfacebookなどのSNSは活用していても,自身のウェブサイトは業績と連絡先など最低限の情報に留めている場合も多いのではないでしょうか。ここにさらに広報のためにコンテンツを足していくべきかどうか,それを考えていきたいと思います。

オウンド・メディアの成功例:「離婚調停」のGoogle検索結果

概念の紹介はこのくらいにしておいて,実際にオウンド・メディアが有効に活用されている例として,「離婚調停」のGoogle検索結果をみてみたいと思います(2019年9月調べ)。検索結果の1ページ目提供元組織をリストアップしてみます。

  1. 弁護士法人 法律事務所オーセンス
  2. 弁護士法人 法律事務所オーセンス
  3. 離婚専門の船橋つかだ行政書士事務所
  4. 裁判所
  5. ベリーベスト法律事務所
  6. 行政書士松浦総合法務オフィス
  7. 離婚弁護士相談広場
  8. ベリーベスト法律事務所
  9. 多治見ききょう法律事務所
  10. 船橋つかだ行政書士事務所

10サイト中8サイトが何らかの弁護士事務所や行政書士の事務所によって運営されているウェブサイトになっています。これらの事務所は,離婚調停の基礎知識などをオウンド・メディアにアップロードすることで,ウェブサイトへのアクセスを稼ぎ,アクセスした人たちの一部が実際に離婚の相談に訪れることでビジネスに繋げているわけです。

一般に,離婚に関わる法律知識は自身や近親者が経験して初めて必要となる専門知識であり,この知識を必要としている人達は概ね喫緊の問題を抱えている可能性が高いわけで,わざわざお金をかけて広告宣伝をしなくても,見込み客がやってくる仕組みは上手くできていると言えるでしょう。

各種士業にとっては有効。では研究者にとってはどうか

弁護士や行政書士だけではなく,税理士などの他の専門職でも有用なコンテンツを作成し提供するコンテンツ・マーケティングによって,経営成果に繋げることができるでしょう。では,各種士業と同じように,高度な専門知識を生業としている学術研究者の場合はどうでしょうか。私自身ちゃんとした答えを持ち合わせているわけではありませんが,考慮すべきポイントをいくつか挙げてみたいと思います。

誰を相手とする広報か

大学教員の場合,広報を届ける相手はいろいろいます。同業研究者,大学院生,学部学生,高校生,民間企業,行政機関・・・。

たとえば,同業研究者相手の広報は,学会など既存の手段で充分間に合っているかもしれません。わざわざ新たにメディアを立ち上げることで,誰にリーチしたいのかを考える必要があります。

個人的には,「共通の学会には所属していないものの隣接している分野の研究者」あたりにはオウンド・メディアを通じた認知度向上が効果的なのではないかと考えています。

何を届ける広報か

各種士業ほど研究者の扱っている専門知識は定型化されていません。先ほど挙げた離婚コンテンツの場合,毎年数十万人は確実に離婚するということがわかっている,ターゲットとなる消費者がマスとして存在していることは強みであるといえるでしょう。一方,研究者の扱う知識には,必要としている人達がいるのかどうかわからないという特性があります。

これは利点と欠点と両方あると私は思っていて,専門度の高い情報を提供できる競合は少ないので,1度アップロードしてしまえば,情報を求める人へのアプローチはしやすいのではないかと思います。

逆に,対象とする相手が少なすぎる可能性もあります。自分の研究と社会との関連性をどのように表現すると適切な対象者の広がりが確保できるのかを考慮する必要があります。ただし,研究者のブランドの源泉はあくまで自身の専門知識にあるので,無理にトピックを広げることが逆効果になる可能性もあります。最初は狭く始めて,年単位で内容を拡大させていくような計画がいいのかもしれません。

何を成果として期待する広報か

大学教員の場合,日々のお給料は大学から支払われているので,常にお客さんを確保すべくあくせくする必要はありません。Webマーケティングでは最終的に得たい結果のことをコンバージョンと呼びますが,何をコンバージョンとして設定するか,オウンド・メディアとコンバージョンの間の連関をどのように測定するかといった問題があります。

例えば,受託研究を成果とした場合,年間に何件も発生するわけではないので,オウンド・メディアの成果として計測しづらい可能性があります。

比較的計測しやすく,また達成しやすい手前のKPIをいくつか設定しつつ,最終成果についてはあまり厳密にせず,問い合わせ件数などの成果直前の指標計測でとどめておくのが当初の戦略としては良いのではないかと思います。

また,個人的利益の追求だけでなく,純粋な社会貢献としての労力投入がある程度許容されるのもオウンド・メディアのよいところだと思っています。

研究にかける労力を減らしてまで広報に力を入れるべきか

最後に,重要な問題として,「研究者は研究に集中して,優れた成果を出しさえすれば,人的ネットワークは後から自動的についてくるのだ」というような考え方とどのように向き合うべきでしょうか。限られた資源(時間や労力)を本業ではなく広報に割くことには抵抗感のある人も多いと思います。

僕の考え方としては,啓蒙寄りの文章を書くのが好きかどうかという自分自身の問題の他に,ポジショニングも重要だと思っています。近しい研究者コミュニティに広報に力を入れている人がいなければ,それだけ広報重視寄りのポジションをとる価値はあるでしょう。自分の研究広報だけでなく,他の研究者仲間の成果も世間一般に紹介することができるからです。

また,ウェブで書いたものをまとめて本にするなど,資源の多重利用を進めることで,広報にかけた労力をどうやって回収するかという姿勢は常に必要だと思います。

まとめ

自分自身の答えが出ていない問題も多いのですが,ひとまず検討したい内容を列挙してみました。労力に見合うだけの価値があるかどうかはよくわからない部分も多いのですが,ウェブサイトを運営することで自分はどういう研究者としてやっていきたいのかを振り返る機会になるのは良いことかなとおもいます。

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