2024年度の卒業論文紹介

毎年「活動報告」のようなタイトルだと思うけど、今年度は4年ゼミだけなので、卒業論文からいくつか興味深かったもの&紹介しやすいものをピックアップして、紹介しておく。
内容は話を聴いていた僕の感想という体で書いているので、本人や論文本体とはやや強調点が異なっている点をお断りしておく。

卒業論文紹介

食品の栄養成分表示に関する研究

栄養成分表示が消費者の購買意思決定をどのように左右するかという問題意識で進められた研究です。食品のパッケージに記載される栄養成分表示は、法律である程度の表示義務や使って良い表現のルールが決められている中ではあるのですが、表示の中には、ルール的に許容されているけれども意思決定にとって有益な情報が隠されてしまっていることもあります。各種パッケージの調査によって、メーカーや小売によってわかりやすさが違っていたり、国毎に認証マークなどに工夫があることが示されました。
日本の食育というのは、例えば今日の給食はどういう栄養バランスが成立しているかを図解するといった望ましい知識の教育にはなっているけれども、こういう状況であればどういう食品を選択した方が良いかという消費者の意思決定状況を再現した教育になっていないことが指摘できます。実際にスーパーや外食の場で直面する選択状況を再現した課題設定があると良いのではないか、というようなインプリケーションが得られた点は良かったのではないかと思いました(経営学教育でも、参考にすべき意見だと思います)。

ロゴレス家電を取り上げた研究

家電にはメーカーやブランドのロゴが掲載されていることが一般的ですが、近年はあえてロゴをなくした家電というものが登場しています。報道等を確認すると、SNSや動画サイトで家の中を紹介することが増え、よりデザイン性が重視されるようになった、というような説明が見られます。
この研究は、交渉材料としてロゴを捉えることで、他の現象とも整合した説明ができるのではないか、と考えます。例えば、食品のプライベートブランドでは、小売りの企画したパッケージでメーカーは自社製造商品の販売を許されることがあります。こういったPBメーカーは業界2番手以下であることが多く、スーパーの棚に1番手の企業はナショナルブランドで棚に置くことが許される。このような状況で2番手企業は、ブランドを訴求できないが生産量を確保できるという取引を小売りスーパーとの間で行っているといえる。
本来であれば、自社ブランドだと自明にわかるロゴあり製品をご家庭に置いてもらいたいが、家電についてのブランドが持つ機能は、情報の非対称性の解消などに伴って、弱まってきている。このような状況では、デザイン性の向上等を売りにしつつ、ブランドの訴求力が下がったとしても採用確率を上げるためにロゴをなくすというような取引は成立しうる。このような交渉力の変化として近年の現象を解釈する研究です。
あるブランドをブランドとして認知させる要素はロゴだけに限らないので、他のブランド要素に比べてロゴのもつ役割自体が下がってきているという歴史的な変化もあり、ともすればトレンドの解説に終わるかとも思ったのですが、垂直方向の交渉力について論じることでマーケティング論と戦略論の要素を持つ研究になったのではないかと思います。

レトロ商品についての研究

様々な復刻版製品とか、昔の映像作品を再度作成し直すといった企画の立て方が多くなっています。単純な説明としては、少子高齢化が進み、中年以上の世代の方が市場セグメントとして大きいから、とか、新規の企画のリスクに比べて、売れ行きが読みやすいとか、そういった理由があげられるのではないかと思います。
本研究は、技術的な進歩によって、この種のノスタルジー商品について補完的な商品や情報提供が可能になったことを理由として挙げます。たとえば、映像作品でリメイクが行われた場合に、定額制配信プラットフォームで過去作品を配信するとか、古着ファッションに対して、何がどう価値があるのか、いつ頃のものなのかといった解説を行う人たちが居る、YouTubeで20年前、30年前の街の様子やファッションを見ることができる、当時のゲームのハードがなくても配信で古いゲームに触れることができる。こうした技術的進歩が、様々な物理的、金銭的ハードルを情報上の難しさを解消していったのではないかとする研究でした。

絵本市場の分析

絵本市場は普通の書籍市場に比べて、ロングセラーのベストセラーが多いことが知られています。ただし、全てが古くから読み継がれてきた作品ばかりというわけではなく、この20年ぐらいで新しくベストセラーとなったものもあります。このような市場環境がどのように形成されたのかを各プレイヤーについて分析しながら検討した研究でした。
論点が多岐にわたるので中々難しいところなのですが、たとえば親が自分の読んだことのある絵本を子供にも、というだけでなく、例えば保育園や幼稚園に対して出版社が営業するルートがあったり、自治体が絵本を妊婦さんにプレゼントするといった各種推薦機能が社会の各地にあるので、単純な自由市場とも少し違うニュアンスがある。
また、分析で僕が興味深く読んだのは、絵本の読者レビューから逆算して、どのあたりの市場セグメントの実質的な分かれ目があるのかということを分析していて、伝統的な3-5歳あたりの市場は古くからのベストセラーが多く、0-2歳ぐらいの方がまだ新しい作品が多く、評価ポイントも発達段階に合わせたものが受け入れられている。6歳になると小学校準備のような現代的なマーケティングで作られた本がまた多くなる。
理論的にどうこうというよりは、知らない現象に対してなんとか実態解明するための方法を考えて、くらいついたというような研究だったのではないかと思います。

論文表題一覧

下記11本の論文が提出された1

  • タクシー業界によるライドシェア導入の阻止要因―Uberの日本参入事例より考察―
  • なぜニッチは曖昧なのか-ニッチ戦略の再定義―
  • 楽天がモバイル事業を続けているのは何故なのか:楽天エコシステムにおける楽天モバイル
  • 食品表示について−消費者の購買意思決定をどのように変化させるか−
  • ロゴと製品の関係:ロゴレス家電を対象に
  • 成熟期市場における多角化戦略:家電量販店業界、上場六社の対応
  • サブスクリプションビジネスにおける消費者との関係性構築について
  • ベストセラー絵本はどのように生まれるのか―消費者・出版社・地方自治体の活動からの考察―
  • ネット銀行の成長要因について:ネット銀行3社の成長戦略に基づく考察
  • 技術革新によるレトロ商品の復刻~様々なジャンルから見る技術の発展~
  • プライシングにおける不公平感―既存の価格戦略との比較―

雑感

今年度は、垂直方向の交渉力の話と水平多角化の話、ニッチ戦略の話あたりが出てきたので、ようやく戦略論の学問の匂いが少しはするようになったかなという印象がある。達成できないようなことを求めてもしかたないのだが、達成した実績があればこちらとしてもまた踏み込めるので、こうやって一度達成してくれると教員としての指導水準の目安にできて、そういう意味でこの学年が示した到達点はありがたいなと思っている。
理論が出てくると、多少なりとも勉強したぞという実感はあるだろうし、おそらく卒論よりも手前の3年次の輪読が大変だったのではないだろうか。教科書的なことはなるべく講義科目で学んでおいてほしいのだが、概念を使おうとか研究しようと思えるレベルで触るには講義科目だけでは難しく、同じ読むにしてもコミットが必要で、結局同じような内容であってももう一度輪読し直すといった作業が必要かもしれない。ゼミの時間は限られていて、何かをいれれば何かを出さざるを得ないので、毎度ぎりぎりの配分が求められている。理論を入れれば調査手法みたいなものは学びづらくなるので、何が良いのかはもう少し試行錯誤が続く予定。

グループワークのプロジェクトよりも各自で資料や文章に向き合う方が成果がでたというあたりはこの学年の特徴的なところで、場の雰囲気としてイベント的な盛り上がりに欠けるかもしれないが、特にこの1年間は1人1人時間をかけて正確なコミュニケーションができたことは有意義な時間だったと思っている(ので、自信をもってもらいたい)。

クエスチョンの不思議さを担保するか、あるいは結論の付加価値、既存に言われていることを一応調べ尽くした上で、それでもまだ言えることがあると示したか、合格水準とした研究はどちらかは達成できていると考えている。
一般に、経営学のゼミの卒論でよくあるのは、任意の企業や業界を決めた上で、財務諸表分析や業界分析をとりあえずやってみるというようなツールを固定した分析レポートのようなものを課すことが多いのではないかと思う。特定の技能を学ぶという意味ではこれで良いのかもしれないし、より多くを求めても仕方がないのだろうが、これだけだとおそらく、社会にある言論と対話している感覚がなくなってしまうとも思う。他人の文章の読解と自分の卒論の執筆を通じた、ゆっくりとした対話。脳内での仮想人格との対話。それは現象としては1人語りだが、時間・空間を越えて独りではないのだという社会の感覚を体験してもらえれば、職業人の社会とは少し離れた大学という場所の機能を感じてもらえるかと思う。

論文となると形式的な遵守事項も多く、日本語表現もある程度型にはめないといけないので、そういったあたりが学部で卒業していく人たちに指導するにしてはコスパの悪さを教員としても感じてしまうのだが、なるべく毎年経験したことをマニュアルに反映させて、中身の話に時間を使えるようにしていきたい。

  1. タイトルの表現は、理解できるレベルであればあまり細かく修正せず本人の表現を尊重している。教員からの指示としては主題と副題をつけ、なるべく長く具体的につけること、できれば理論と現象が両方登場するように書くこととしている。 ↩︎
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