JREC-IN HACKS? 経営学の大学教員市場動向について

就職活動を控えた大学院生ならみんなJREC-INは見ていると思うが,毎日みている就職市場の全体像というのはあまり明らかになっていない部分もあるような気がするので,手元のデータからわかる経営学のジョブマーケットの動向を紹介しようと思う。

経営学・常勤の公募情報20120101-20170121

データはGoogleスプレッドシートにアップロードしているので,就職活動中の大学院生とか,D進に迷っている大学生・大学院生などは関心に応じて元データを自分でいじってみていただければと思う。これは元々は採用人事の準備作業で行った分析用のデータなのだけど,無事お仕事は終わったのと,隠すほどのものでもないので誰かにもっと良い使い方を見つけてもらえればうれしい。

どのようなデータかというと,JREC-INから送付されたマッチング・メールの文面を整形したもので,マッチングの条件は研究分野に「社会科学:経営学」を含む,「勤務形態:常勤」,「地域:全国」の公募である。職種については「機関の長」と「専門学校・小中高等の教員相当」を除いているものの,教授から助教まで幅広い職位を含んでいる。これらの条件で送付された公募の,募集日,募集機関,タイトル(見出し),任期の有無,締め切り日の項目がGoogleスプレッドシートにアップロードされている(勝手に公開してしまっていますが,見出しの著作権は各機関にあるので,不都合がある場合はご連絡ください)。

JREC-INの募集文面の本文の方は,締め切りが過ぎてしまうと非表示になってしまうので,詳細な情報はこのデータに入っていないのだが,それでもマーケットの概要をつかむことができるとおもう(なお,自分が何らかの公募に応募する場合は,後でトラブルにならないように必ず募集要項本文の控えを自分でとっておく必要がある)。

以下の分析では,アップしているデータの既存の公募の更新分(UPDATEと表記されているもの)は除き,新規追加(NEW)の際のもののみを分析対象とした。2012年1月1日~2016年12月31日までの2,557件の公募文面を分析の対象としている。

まずは年間の公募件数から。2012年,2013年については年間400件強,2014年からは550件程度の公募がある。2015年からは任期の定めが有無が明記されるようになっており,任期有りの件数が全体の35%-40%となっている。なお,この任期ありの区分には無期雇用への転換のある募集(テニュアトラック)もない募集(ノンテニュア)も混在している。明確に「テニュアトラック」と明記された件数はまだわずかである。

大学教員の公募は年を通して行われているが,季節によって増減がある。ピークは第2四半期(4月~6月)であり,その後下半期になるにつれて件数が減り,最も少ないのは第1四半期(1月~3月)となっている。ただし,若手を対象としたと想定される任期有りの公募は第4四半期(10月~11月)が最も多くなっている。

JREC-INのメールには募集開始日と募集締切日が明記されているので,その差をとることで,締め切りまでにどのくらいの日数の余裕があるのかを計測することができる。母集団全体の平均は48.6日で,約1ヶ月半となっている。ただし,これもどの季節に出た公募なのかによってややばらつきがある。

3月~7月に出される公募は55日を越えるが,9月-12月の公募は35日~40日程度と,やや短くなっている。

その他,やはり気になるのは経営学の中でもどの分野の公募が多くでているのかということだろう。このデータでは募集文面の本文のデータがないため,見出しの文面にどのようなキーワードが含まれているかを検索して確かめてみる。見出しには「専任教員の公募(経営学)」のように詳細な分野の記載が無い場合も多いので,以下の比較は相対的な比較にはなるものの,実数値には意味がないことに留意されたい。

会計学(会計で検索しているので管理会計・財務会計の両方を含む)が多く,次いでマーケティングの公募が多いという状況になっている。商業史や経営史といった歴史分野は狭き門であることが分かる。詳しくは自身の関心のあるキーワードで元データを検索してみてほしい。本当は経営学以外の分野との比較があると,経営学の恵まれた状況がわかって良い宣伝になるのだろうけど,ないものは仕方ない・・。

その他,元データを見ると,大学別の傾向とか,夏の募集の再募集を秋にやる場合と翌年に回す場合とか,いろいろ細かい状況がわかって面白い。

さて,以下ポエム。就職活動というのは嫌な思いをいろいろとすることもあるのだけど,これほど真剣にマーケットと向き合う機会も滅多にないもので,競争や市場との対峙の仕方を考える機会なのだと思う。ひとりひとりの市場との付き合い方次第で,その市場の信頼感が形成されていくか,あるいは毀損されて世の中の不公正を憂うだけの場になっていくのか,その空気が別れていく。不当に評価されないのもつらいし,過剰に評価されるのも毒だし,相応の勝ち方・相応の負け方と向き合って,それを自分の中で咀嚼して受け入れていくことが,顔の見える程度の小さい市場を,少しずつでも市場らしく機能させるために必要なのではないかと思う。