働きがいのマーケット

シェアする

働いて得られる賃金・給与だけではなくて,働きがいとかやりがいが重要だ,という言説をよく耳にする。夢と表現されることもある。あまり詳しくはないのだけど,職務満足度のような概念も,ある程度重なる部分があるだろう。
職務や課業が何かの目的のための手段ではなく,課業それ自体が価値のある目的であるようなケース,あるいは金銭的価値と働くことに付随する満足度のような精神的価値の2つを追い求める状況を考え,「働きがい」とよぶことにしよう。あるタスクと,タスクに付随する働きがいという性質を,モノのように所有していて,売り買いするとき,働きがいの市場取引にどのような類型があるかを書き出してみたい。

①「働きがい」自体を売り買いする。

(1)従業員に売るケース。
働きがいのある仕事なので,その分賃金を割り引きますよという場合。あるいは,働きがいのない仕事なので,その分賃金を高くしますよというような場合。前者の例示としては,美容師とか,アニメの原画描きとか。具体的なデータを元に語っているわけではないので,僕の偏見かもしれない。要は「わかりやすい働きがい」が提示される職はそれだけ希望者が多くなり,買い手市場になり,賃金が下がってしまうような場合。
ありもしない働きがいを提示して,賃金を割り引けば最近の「やりがい搾取」問題であろう。働きがいは目に見えないし,人によってとらえ方が異なるので,線引きの難しい部分がある。
その他,長期雇用の年功賃金制の企業でタスクの成果に対して給料で報いることが難しい場合に,配置転換を通じてよりおもしろそうな仕事を高成果の社員に割り振るようなケースもありうる。このようなケースでは報奨として「働きがい」を配分している。
(2)消費者に売るケース。
やりがい含めて手間ごと消費者に売ってしまう。趣味にはこのようなものが多い(プラモデル,テレビゲーム,DIY)。レトルト食品でも,最後にもうひと手間を消費者自身にやらせることで,レトルトを使っている罪悪感を減じさせる効果を期待することがある。セルフ・サービスと働きがいをセットで売るような商品。
(1/14追記。トリッピースというサービスがあることを知った。消費者が旅行企画を立てて,それに行きたい人が集まって,旅行会社がツアーの手続き部分だけを代行するというビジネスのようだ。旅行は計画を立てるところが楽しいのだとすると,その部分はセルフ・サービスとして設計した方が良いという発想だろう。)

②「働きがい」を自己消費して,その他の部分を市場取引するケース

売り手と買い手を逆転するだけなので,基本的には上記と同じことかもしれない(整理できていないのでわからない)。DIYで作成した趣味の手芸品を,インターネットで売る際に,デザイン料や開発費を計上せずに安売りするような場合がある。好きでやっていることだからという理由で,利益を得るとか生活ができるような値付けをしないような場合。
働きがいというのはタスクに付随しているので,働きがいを売るのであれば,そのタスクはセルフサービスとして消費者に提供する必要がある。逆に言えば,完成品とかフルサービスというのは消費者にとっては働きがいの余地がない製品・サービスであり,すでに働きがいが消費されてしまった残余,副産物であると解釈することもできる。生産者にとってタスクの働きがいの価値が大きいほど,残余や副産物としての製品は低い価値となることがある。

売り手と買い手の2者だけの状態から,もう少し登場人物を増やしてみると働きがいという概念が中々めんどくさいというか興味深いというか,いろいろ論じる価値のあるテーマでありそうだな,という予想がたつ。以下では二つほど考えてみたい。

①ワーク・ライフ・バランスという2分法を,このようなタスクの二重性(賃金と働きがい)と組み合わせるといろいろと論の展開がありうる。

  • フルタイムの終身雇用ではワークこそがライフそのものであったので,男性はその中で賃金も働きがいも得てきた。
  • ワークとは別のライフがある場合に,個人の働きがいはどのようなポートフォリオになるのか。働きがいはワークで満たすのか,ライフで満たすのか。ライフで満たせるのであれば,ワークで満たす必要はないのか。やはり両方とも満たしたくなるものなのか。
  • パートナーとともにライフに関係するタスクを配分する際に,それに伴う働きがいをどう配分するのか。タスクに働きがいが伴うが故に,ある種の遠慮が生まれたり,分業効率に問題を生じさせるのではないか。「妻はあのタスクを楽しんでやっているので自分がとってしまってはよくない」とか「夫は夫が楽しいと思うタスクしかやってくれない」などというのは,目に見えない働きがいを他者が勝手に判断することによって生じる。
  • 上述の,自作の手芸品を売るケースは,ライフのワーク化であるとも言える。このような副業が登場すると,ワーク・ライフ・バランスというよりも,家計によるダブル・ワーク,トリプル・ワークである。別に生活費を稼ぐ手段がある場合には,副業の採算点が,その業を専業でやっている人とは異なりうる。このような副業としての参入は市場環境を大きく変え,専業が成立しづらくなるかもしれない。

②他人から推し量られる働きがいの逆算に伴う問題
働きがいは目に見えないのに対して,貨幣的な売上や費用は目に見える。コストに比較して異様に低い価格設定となっているものを見ると,我々は何かの合理的な理由づけをしたくなる。理由付けの説明の一つとして,働きがいが該当する。こんなにお金にならない労力をかけているのだから,きっとこれは芸術的価値があるとか,学術的価値があるに違いない,と(自分では判断できない価値を)推定するとか,こんなに良い物をこんなに安い値段で売っているのは「好きでやっていることだから」に違いない,などと,勝手な推論をされるときに「働きがい」というのが理由付けとして登場する。本当にそうであるかどうかは本人にしかわからないのに,他人が勝手にわかったように思ってしまうので,いろいろと誤解が生じる。
また,自分がどういう動機でやっているかということと,それを他人に解釈され判断され,それを前提に行動されることの間には違いがある。好きでやっていることには違いないが(誤解ではないが),だからといって他人に値踏みされれば取引自体をやめたくなることもある。このような問題は,自分一人の趣味であるときには生じず,他人との相互作用によって生じる種類の問題であろう。