オリコン・ランキングに見るロングテール

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音楽プロデューサーの佐久間正英さんが先月なくなられた。氏の業績をよく存じ上げていなかったのだけど,ブログやインタビューを興味深く読んだ。

音楽プロデューサー・佐久間正英氏が語る「音楽業界の危機的状況」

佐久間氏:ミリオンなんて出なくなるに決まっているんですよ。僕の考えを言えば、ミリオンが出るような時代っていうのは、みんなが共通の情報を持ちたい時ですよね。あの子が聴いているから私も、みたいな。そういう時期なだけで、それが個に向かった時代には絶対ミリオンは存在しない。100万枚売れるアーティストが1組出るより、1万枚売れるアーティストが100組出たほうが文化的には正しいと思う。

—好みが細分化されているというということは、それぞれのジャンルで、チャンスがあるということも言えますよね。

佐久間氏:そうだと思う。ただ、いつの間にか気付いたら1万枚売れるのが100組ではなくて、100枚しか売れないアーティストが1万組になっちゃったっていうのが今の状況ですよね。

ビジネスの用語で,このような100枚しか売れないようなニッチ商品が売れるようになった現象をロングテールという。インターネットの発達により,店頭の棚の広さとか倉庫の大きさを気にする必要がなくなった。店舗の大きさが有限だった頃は,事前に売れ筋を選択しておくことが重要だったけど,今は豊富に並べることができるので,トップセールスだけでなく,ニッチ商品の売り上げが重要だといわれる。Amazonからすれば,3ヶ月に1枚でも売れてくれれば良くて,そのようなニッチの集合が,総売上に占める割合がたかまっている。売上を多い順に左から右に並べて縦棒グラフを書くと,右に裾の長い,草食恐竜のしっぽのような分布ができて,そのしっぽが長くなるのでロングテール・ディストリビューション(分布)という。

今まで小売りの棚がボトルネックになり,それが演奏家にとって参入障壁になっていたのだけど,参入障壁が弱くなったことで,アマチュアに近い自主制作のCDも売ることができるようになった。僕は漠然と,いろいろな物がでてくるのは文化的な豊かさにつながるので,良いことなのかなと思っていたけれども,確かにプロとして継続するための規模感というのはあるのかもしれない。

考えてみれば,市場の総額の減少傾向とか,ヘッドの部分のミリオンセラーの数のようなデータはみたことはあるけど,音楽マーケットのロングテールがどういう形状なのかみたことがない。授業でロングテールの話をしたときも,仮想例でしかグラフをみせることができなかったので,何かアヴェイラブル・データ(公表されていて誰でも入手可能なデータ)でグラフがかけるのであればやってみようとおもって,オリコンランキングのデータを国会図書館で集めてみた。

具体的なデータの検証に入る前に佐久間さんの仮説を確認しておく。佐久間さんがいうには,アルバムが10000枚売れるアーティストがいっぱい居るのであれば健全だという。ブログにはこのような記述もある。

音楽家が音楽を諦める時
例えば10年ほど前まで一枚のアルバムを作るには1200~1500万の予算がかかった。今の世代の方からは「バブル!」と一蹴されるかも知れないがそれは違う。
ちゃんと真面目に音楽を作るにはそういう金額がかかるのだ。僕らのギャラが高かった訳でもスタジオが法外に利益をむさぼった訳でも無駄な時間をかけた訳でもない。録音作品を真面目に作るとはそういう事なのだ。(ちなみにプロデューサーとしては印税契約だったので僕のギャラはその制作費には入っていない)もちろんこの予算にアーティストの取り分も含まれていない。純粋に録音物の制作にかかる費用だ。

このブログ記事が2012年なので,10年ほど前で2002年,アルバム1枚3000円,1万枚売れれば3000万,制作費が1500万,だいたいこういう計算なのだとおもう。

さて,『オリコン年鑑』,2010年から改題された『ORICON エンタメ・マーケット白書』には年間の売上ランキングは1000位まで掲載されている。これを順にならべてグラフを書いてやれば,しっぽの切れた恐竜の絵がかける。重要なのはヘッドでは無く,テールの付け根の形状だ。JPOP全盛の1990年代と,インターネットの発達した2000年代でテールの形状が変わっているかどうか。アルバムランキングについて描いたグラフがこちら。

oricon

残念ながら,サンプルの接続ができなくてベストの図を書くことができなかった。オリコン年鑑のランキング作成方法が途中からかわっている。オリコンの年間ランキングは,毎週のランキングでに入った作品を対象としているので,1回でも瞬間風速がでないアルバムはカウントされない。アルバムの場合,2002年までは週間ランキングトップ100を対象としていたのだけど,2003年以降はこれを週間トップ300までクロール範囲を拡大している。そのため,母集団が異なる(比較不能な)2つの図となってしまった。左の赤い図は1993-2002,右の図は2003-2012だ。ただし90年代の方は手間と時間の都合で,1993,1995,1997,1999,2002の5年分しか入手していない。それぞれの年について,1-100位,250位,500位,750位,1000位,10000枚を超えた最下位の順位のデータを収集している。

この図にはいろいろな情報が含まれている。

  1. 本来比較不能なのであるが,左の図の方が傾きが急で,右の図の方がゆるやかである。右端の1000位のところをみてもらうと,赤のグラフでは2000-4000枚程度,青のグラフでは4000-10000枚程度である。たしかにロングテールにはなっているのだろう。
  2. ヘッドの部分の落ち込みが激しい。1位-100位のところで,10万枚のところに緑のラインをひいてあるが,赤は10万枚を割っている年がひとつもない。青のグラフは,個々五年ぐらい10万枚を割り込んでいる作品が多数あり,この水準は,1988年ぐらいの水準で,20年ぶりということになる。
  3. また,青のグラフは2003年が最も濃い色,年を追う毎に薄くなり,2012年が最も薄い色にしている。濃いラインから薄いラインにむかって急激にグラフが下に落ちていて,しかも形状に変化がないことがわかる。佐久間さんが問題にしていた10000枚のラインも,2003年であれば1000位まで全てがクリアしていたのに,2012年では550位ぐらいである。2003年頃と2012年とでは,インターネット環境やレコメンドシステムの発達など,そこそこ技術革新があったと思うのだが,パッケージメディアであるアルバムに関して言うと,マーケット全体の落ち込みの方が大きな影響となっている。

1万枚のラインに関して言えば,ブロードバンド以前と以後を比べると確かに文化的に豊かになったのだが,結局集計方法の変わった2003年頃が最高の水準で,そこから10年のマーケット全体の落ち込みで結局また同じような水準に落ち着いてしまっている。

1万枚越のアルバムが何作品ぐらいあると我々は豊かさを感じることができるのかということが実感の掴みにくい部分かもしれない。そもそも,オリコン週間ランキングで最高で何位をとったぐらいの数字はでても,1万枚ぐらいだと売上データが我々の消費者の目につくことは稀だ。そこそこ名の売れたアーティストが限定版を出すときは数が明記されることもある。それがひとつのヒントかもしれない。オリコンは個人向けの有料サービスでyou大樹(月額999円)で推定売上データをだしているので,データに興味のある人は登録してみるといいとおもう。マイナーなアーティストだと,そこそこ名が売れていてTSUTAYAの棚で特集が組まれていても数千枚オーダーなことがよくわかる。ネットの音楽オタクが選んだ2013年の日本のアルバム ベスト100 というブログ記事では,642のエントリーから150作品を選ぶという試みをしている。この中には1万枚売れていない作品もいっぱいでている。マーケットの情報を補完していく試みで我々の豊かさはずっと底上げされるとおもう。

本当は,ロングテールのテールの先が見てみたい。佐久間さんは60万円ぐらいの制作費の自主制作も請け負っていたらしい。アマチュアで良いなら,同人音楽の人気サークルは単価500円で300枚ぐらいからあるだろう。年間300-500枚の売上のアーティストまで捕捉できるようになったら,それらは佐久間さんの望んだようなちゃんとした制作環境ではないのかもしれないけれども,それはそれでまた別の面白さがあるんじゃないかないかと思う。オリコンさん,もう一段階ロングテールに対応したデータを,商売として業界に向けて公開してくれると楽しいと思います。